はじめに (MFCの重要性と2025年の業界背景)
半導体製造装置において、MFC(Mass Flow Controller:質量流量制御器)は「半導体製造プロセスの心臓部」とも言える存在です。
ガス流量の精密制御は、微細化が進むプロセスにおいて歩留まり・性能・再現性を大きく左右します。
現在、2nm世代の量産化時代となり、EUV・GAA・3D構造・チップレットなどの新技術が次々と登場する中、MFCに求められる性能も更に高度化しています。
本コラムでは、世界のMFC市場を牽引する主要5社の「堀場製作所(HORIBA STEC)」、「フジキン」、「プロテリアル」、「Brooks Instrument」、「MKS Instruments」の技術・戦略・競争力を徹底比較し、次世代半導体製造装置に向けたMFCの進化と業界構造について深堀します。(但し、本解説について一部個人的な私見を含みます。参考としてください。)
主要5社のMFC事業の歴史と成長要因

主要5社の現在に至る成長の転機、MFC市場でのポジションを示します。
| メーカー | MFC参入時期 | 成長の転機 | 市場ポジション |
| 堀場製作所(HORIBA STEC) | 1980年代初頭(1980〜83年ごろに国産MFCを実用化) | 1996年に堀場製作所の完全子会社化 → HORIBA STECへ → MFC専業体制が確立され急成長 | 世界トップシェア。熱式・圧力式の両軸で技術革新を主導。微細化・高速応答・マルチガス対応で世界的評価。 |
| フジキン(Fujikin) | 1980年代後半(精密バルブ技術の延長でMFC市場に参入) | 流体制御部品(バルブ・継手等)との一体提案が装置メーカーに高評価。差圧式・熱式両方を展開。 | 国内装置メーカーに強い。部品群全体を含む総合流体ソリューションで存在感。カスタム対応力が高い。 |
| プロテリアル(旧・日立金属) | 1980年代前半(熱式MFCを国内装置向けに供給開始) | 2006年:Aera Japan(アエラ)買収 → デジタルMFC技術・海外顧客基盤を獲得。同時に圧力式へシフト。 | 圧力式MFCの専業メーカーとして高評価。材料技術(高純度金属・流路技術)との融合で差別化。 |
| Brooks Instrument | 1960〜70年代に流量制御事業開始、MFCは1980年代に本格展開 | 「MultiFlo(マルチフロー)」技術の導入で世界的にシェア拡大 | 高純度・高速応答・診断機能のハイエンドMFCに強み。米国・欧州装置メーカーで強い存在感。 |
| MKS Instruments | 1970年代末〜1980年代初頭(MFCの商用製品化が最も早い企業の一つ) | 「Surround the Wafer」戦略で装置統合制御を提案 | 世界最大級の供給力。MFC単体ではなく装置全体のプロセス統合ベンダーとして独自地位を確立。 |
主要MFCメーカー5社の特徴と戦略

堀場製作所(HORIBA STEC):グローバルリーダーとしての圧倒的存在感
堀場製作所は、MFC市場で世界トップクラスのシェアを誇るリーディングカンパニーです。
同社にとってMFCは“半導体分野の基幹事業”であり、長年培った計測技術を強みに高精度・高応答の製品を展開しています。
圧力変動を補正したPI-MFCなど、装置メーカーが求める差別化技術を積極的に開発している点が特徴です。
フジキン:バルブメーカーの総合力を活かした高信頼性MFC
フジキンは、流体制御部品の総合メーカーとして知られ、バルブや継手で培った高度な加工技術と信頼性を強みにMFC事業を展開しています。
MFCビジネスとし占める比率は堀場製作所ほど高くないものの、装置メーカーとのカスタム対応力が高く、特定ユーザー向けの仕様最適化を進めています。
300mmウエハや先端ノード向け製品の拡充も進んでおり、安定供給を行いユーザーから信頼を得ています。
プロテリアル(旧:日立金属):圧力式MFCのスペシャリスト
プロテリアルは、差圧式(ΔP)を中心とした圧力式MFCに特化したメーカーです。
長期の安定性や高い信頼性が求められる分野では評価が高く、装置メーカーとの技術連携によってニッチな分野を維持している点が特徴といえます。
Brooks:MultiFloで市場に革新をもたらした汎用性の高いMFC
Brooksは、「MultiFlo技術」により一台のMFCで複数のガス種に対応できるMFCを世界に広めたメーカーです。
清浄・高速応答を備えたGFシリーズなど、用途に応じた高性能製品ラインアップを持ち、製造拠点はマレーシアを中心に拡大しワールドワイドな供給体制の安定化を進めています。
※「MultiFlo技術」とは、1台のMFCで複数のガス種・流量レンジをデジタル制御で切替え可能にする技術を示します。
MKS:Surround the Wafer戦略でプロセス統合を目指す
MKSは、MFCを単なるガス制御部品ではなく、“プロセス制御の重要要素”として位置づけ、「Surround the Wafer」戦略のもとで、ウェハ周辺のプロセス制御をトータルで提供することを強みとしています。
圧力不感応型piMFCは、先端ノードのプロセス変動抑制に向けた重要技術であり、診断機能や自動化との連携を強化することで付加価値の高いMFCを展開している。
※「Surround the Wafer」戦略とは、ウェハ周辺のすべてのプロセス要素(計測・制御・電源・レーザー・プラズマ制御・ガス供給など)を統合し提供)する戦略を示します。
主要5社の強み・弱み
半導体製造装置向けMFC市場において、主要5社はそれぞれ異なる技術的アプローチと事業戦略を展開しています。
各社の強み・弱みを以下の視点で比較します。
- 製品開発力(技術革新・対応範囲)
- 製品供給力(生産体制・納期対応)
- サプライチェーン(部材調達・一貫性)
- アフターサービス(保守・校正・技術支援)
- 顧客提案力(装置メーカーとの連携・カスタム対応)
- 品質保証(信頼性・長期安定性)
各社の比較表(2025年時点)
| 項目 | 堀場製作所(HORIBA STEC) | フジキン | プロテリアル | Brooks | MKS |
| 製品開発力 | 高精度・高速応答の熱式MFCで世界トップクラス。先端プロセス向けPI-MFCやMEMS流量センサ技術に強み。 | 熱式MFCが主軸。耐食性・信頼性設計に定評。装置メーカーとのカスタム開発が多い。 | 圧力式(ΔP)MFCに特化。金属材料技術・流路耐久性の強化に強み。 | MultiFlo技術で“同一筐体で複数ガス種・レンジを電子的切替”が可能。高清浄・高速応答に優れる。 | 高精度・高安定MFCを展開。RF/真空/ガス制御の統合プラットフォームとの連携が強み。 |
| 製品供給力 | 日本・米国・中国の複数拠点で安定供給。量産能力が高い。 | 自社組立+部品サプライヤの連携網が強固。国内装置メーカーへの納期対応力が高い。 | 原材料から組立まで一貫工程。少量多品種に対応しやすい。 | マレーシア拠点を中核としたグローバル供給体制を確立。 | 世界複数拠点での供給網を構築。装置メーカー向け大規模供給力が強み。 |
| サプライチェーン | 主要部材の内製化率が高く安定調達。装置側との共通化も進む。 | バルブ・継手など流体部品群とセット提案可能。調達の一貫性が高い。 | 材料・流路加工・組立まで自社完結型。金属リサイクル材等も活用。 | メタルシール技術・高純度流路技術に強み。診断機能による運用性向上。 | グローバルSCM最適化を重視。品質・倫理基準(Supplier Code)を厳格運用。 |
| アフターサービス | グローバル校正ネットワークを保有。対応スピードも速い。 | 海外含む校正・修理体制が充実。装置メーカーの保守フローに近い。 | 主要顧客向けの密着型サポート。長期安定供給型の対応が得意。 | 自己診断機能・リモート通信でメンテ性が高い。 | 世界各地のサービス網を活用。予防保全・診断連携を強化。 |
| 営業力 | 国内装置メーカーへの提案力がトップクラス。先端プロセス知見が豊富。 | 流体部品の一括提案力が大きな武器。国内市場で強い存在感。 | 半導体・化学・分析など広い顧客基盤。課題解決型の提案に強み。 | グローバル営業力が強く、海外装置メーカーに広く浸透。 | 装置統合提案・データ連携など高付加価値提案に強み。 |
| 生産技術力 | MEMSセンサ内製、クリーン組立技術、精密加工技術が充実。 | 耐食性・精密加工・高圧流体技術で優位性。 | 金属材料加工(溶解〜圧延)に強み。高耐久流路設計が可能。 | 高純度メタルシール製造技術、高速応答制御設計で優位。 | 流量制御・真空・RFなどの統合生産技術を保有。 |
| 顧客提案力 | プロセス条件に合わせた最適MFC提案が強み。カスタムも柔軟。 | 熱式/圧力式(実質熱式+高耐圧仕様)を用途に応じて使い分け提案。 | 圧力式MFCのメリットを生かした協創型提案。 | MultiFloでガス変更を容易にし、保守提案も可能。 | 装置全体の統合制御・自動化を含む包括的提案が可能。 |
| 品質保証 | 長期安定性・信頼性で業界評価が高い。 | 長寿命設計と実績が豊富。 | 世界大手メーカーとの長期取引で品質評価が高い。 | 高純度・長期安定運用。履歴管理と診断が充実。 | グローバル品質保証体制を整備し継続改善を実施。 |
脅威となる競合メーカーの動向

主要5社がMFC市場を長年リードしてきた一方、近年はMEMS技術の進化、IoT対応ニーズの拡大、装置の小型化・多様化を背景に、中堅・新興メーカーが存在感を高めています。
以下に、注目される競合メーカーの特徴をまとめ、競合領域を解説します。
注目の競合メーカー一覧と特徴
| メーカー名 | 本社所在地 | 技術的特徴 | 戦略的注目点 | 注目の競合領域 |
| KOFLOC(コフロック) | 日本(京都) | 高精度アナログ流量制御、研究・分析用途で強み | 半導体向けラインナップ拡大、国内装置メーカーとの結びつき強化 | 小型装置・研究用途での徐々の浸透 |
| Alicat Scientific | 米国 | 差圧式MFCで高速応答・高精度、デジタル通信に強み | Modbus・EtherNet/IPなど通信規格対応強化、診断機能充実 | IoT対応装置、研究開発用途での競争力上昇 |
| Bronkhorst High-Tech | オランダ | MEMS技術を活用した小型・モジュール型MFC | 欧州市場で高シェア、装置統合性・カスタム対応の柔軟性 | 欧州装置メーカー向け半導体プロセス装置での採用拡大 |
| Sensirion AG | スイス | 高性能MEMS流量センサーを核とした超小型MFC | 家電・医療・IoTから半導体向けへ事業領域拡大 | 小型装置、低消費電力領域、新興プロセス向け |
| Azbil(旧・山武) | 日本 | 自動制御技術・センサー技術が基盤、安定性が強み | 工場自動化との連携、国内マーケットでの再強化 | 特定プロセス・特殊用途での限られた競合領域 |
競合メーカーの脅威
技術面の脅威
• MEMS技術を用いた小型・低消費電力タイプのMFCは、装置の省スペース化や自動化ニーズに合致しており、特に次世代装置で採用が広がる可能性があります。
•Ethernet/IP、Modbus、IO-Linkなどの通信規格に対応した製品が増えており、装置との統合性やデータ連携能力が強化されている点も脅威となります。
市場面の脅威
• 日本市場では、堀場製作所、フジキン、プロテリアルに対して、競合メーカーが「価格・柔軟性・通信対応」を強みとして競争力を高めています。
• 特に新興装置メーカーや研究機関では、価格競争力や通信・制御の柔軟性を重視する傾向が強まっており、中堅・新興メーカーの採用機会が増えつつあります。
業界構造の変化予測
• 今後のMFC市場は、「高機能・高信頼性を追求するプレミアムMFC」と、「小型・柔軟・通信対応を軸とするライト級MFC」という二極化が進むと見込まれます。
• 中堅・新興メーカーは、特定用途や地域に特化した浸透戦略を強化しており、小型装置、研究用途、新興プロセスを中心に存在感を高めています。
次世代半導体製造装置向けMFCの技術課題と主要5社の戦略
2025年現在、半導体製造装置は2nm世代の量産化に向けて、EUV(極端紫外線)リソグラフィ、GAA構造、3D積層技術などの新技術が導入されています。
これに伴い、MFCに求められる性能もさらに高度化しており、各社は次世代プロセス対応に向けた技術開発と戦略展開を進めています。
技術課題:次世代MFCに求められる要件
| 技術要件 | 解説 |
| 高速応答性 | 数ms単位での流量制御が要求。プロセス変動への即応性が重要。 |
| 圧力不感応性 | 装置内圧変動に左右されない安定制御。PI-MFCなどが対応。 |
| マルチガス対応 | 多種類のガスを1台で制御可能な柔軟性。装置の汎用性向上に貢献。 |
| 診断・自己監視機能 | 装置の予防保全・トラブル予測に不可欠。IoT連携も進む。 |
| 通信規格対応 | EtherCAT、Modbus、IO-Linkなど装置統合に必要な通信対応。 |
| 高純度・低アウトガス設計 | 微細化に伴い、ガス純度・材料選定が重要。 |
注目の技術トレンド
- 診断機能付きMFC(Self-diagnostic MFC):装置の予防保全・AI連携に向けて、センサ内蔵・自己監視型が主流に。
- 通信対応の進化:EtherCATやIO-Linkなど、装置制御とのリアルタイム連携の要求。
- スマートファクトリー対応:堀場・Brooks・MKSが自動化・ロボット搬送を導入し、MFC製造の効率化と品質安定化を推進。
主要5社が成長した要因

これらの5社がMFCの主要メーカーとして現在のポジションについたと考えられる要因をリストアップします。
| メーカー | 主な成功要因 | 過去の取り組み・実績 |
| 堀場製作所(HORIBA STEC) | ・日本発のMFC専業メーカーとして早期より参入 ・高精度・高速応答・マルチガス対応技術の確立 ・国内外装置メーカーとの強固な関係 | ・1974年 スタンダードテクノロジー設立、1984年エステックへ ・1996年 堀場製作所が子会社化、1997年HORIBA STECへ ・熱式MFCで世界トップシェアを確立 ・PI-MFCなど差別化技術を開発 |
| フジキン | ・バルブ・継手など流体制御部品の総合力 ・熱式・圧力式両対応の製品群 ・国内装置メーカーとの共同開発力 | ・1980年代後半にMFC市場参入 ・300mm装置向け差圧式MFCを開発 ・装置構成に応じた部品群提案で信頼獲得 |
| プロテリアル | ・圧力式MFCに特化した技術力 ・材料技術と一体化した製品設計 ・長期安定性・信頼性の高さ | ・差圧検出方式MFCを中心に展開 ・装置メーカーとの協業で信頼性を訴求 |
| Brooks | ・MultiFlo技術による柔軟性と汎用性 ・高純度・高速応答・診断機能の先進性 ・グローバル供給体制の確立 | ・1946年創業、1980年代にMFC本格展開 ・GP・GFシリーズで圧力不感応型を展開 ・マレーシア新工場で供給力を強化 |
| MKS | ・Surround the Wafer戦略による装置統合制御 ・piMFCなど圧力不感応型で差別化 ・世界最大級のMFC供給体制 | ・1960年代にMFC事業参入 ・半導体製造装置向けにRF・真空・流体制御を統合 |
共通する成功要因
- 1980年代〜1990年代にかけての早期参入と技術蓄積
- 装置メーカーとの共同開発・カスタム対応力
- 微細化・多様化するプロセスへの柔軟な製品展開
- グローバル供給体制と品質保証体制の確立
まとめ
堀場製作所・フジキン・プロテリアル・Brooks・MKSの主要5社について、半導体製造装置向けMFCの技術・戦略・競争環境を多角的に分析しました。
2025年以降、MFCは単なる流量制御器ではなく、装置の知能化・自動化・最適化を支える中核技術として、さらなる進化が求められます。
次世代半導体へと進化すると同時に、MFCについても次世代MFCへと更に進化し、半導体製造の重要な一旦を担うことは続いていくでしょう。

