はじめに
クラウドサービスやAIの普及により、世界のデータ量は急増しています。
これらのデータは、企業や自治体の意思決定、生活サービス、産業システムなど、社会の情報基盤として不可欠です。
その一方で、データを処理・保存するデータセンターの建設も加速しています。
中でもハイパースケール型は、大規模かつ高効率で、従来型に比べて処理能力も電力消費も桁違いです。
本コラムでは、ハイパースケールデータセンター(以下DC)の急増と電力供給の課題、さらに光通信技術やIOWNによる省エネの可能性を整理し、関連産業への影響について解説します。
ハイパースケールデータセンターとは

ハイパースケールDCは、大規模なクラウド事業者やAIサービス向けに設計された施設です。
従来型のDCと比べて、電力・通信・設備の規模が桁違いであり、社会全体の電力需給に影響を及ぼす可能性があります。
以下は、従来型DCとハイパースケールDCの主な違いを示した比較表です。
項目 | 従来型DC | ハイパースケールDC |
電力容量 | 数MW | 30MW以上 |
ラック台数 | 数百〜千台 | 数千〜万台 |
主な用途 | 企業内システム | クラウド・AI専用 |
設計方針 | 小規模・局所対応型 | 大規模・効率重視・標準化設計 |
ハイパースケールDCの特徴として、以下の点が挙げられます。
- 電力容量が非常に大きく、30MW級以上の施設も存在します
- ラック密度が高く、熱管理や電力供給の効率化が重要です
- 標準化された設計により、拡張性や運用効率に優れています
データセンター建設ラッシュと投資規模

国内外の建設動向
近年、クラウドサービスやAIの需要拡大を背景に、国内外でハイパースケールDCの建設が急速に進んでいます。
- 国内では、東京・大阪を中心に、福岡や北海道苫小牧などでも新設・増設が活発化しています。
特に苫小牧は、冷涼な気候と再生可能エネルギーの活用可能性から注目されています。 - 海外では、米国シリコンバレーをはじめ、北欧(スウェーデン・フィンランド)やシンガポールなど、冷却効率や電力供給に優れた地域での建設が進んでいます。
投資規模と背景
ハイパースケールDCの建設には莫大な投資が必要とされており、以下のような傾向が見られます。
- 一般的に1MWあたりの建設費用は15〜30億円とされ、電力容量30MW級の施設では数百億円から千億円規模の投資が必要です。
- 液冷システムや高速光通信ネットワークなどの先端設備を導入することで、さらにコストが上昇する傾向にあります。
- 投資の背景には、生成AIや大規模言語モデルの運用に伴うGPUサーバーの需要増加、およびクラウドサービスの利用拡大があります。
これにより、従来よりも高密度・高性能なDCが求められています。
建設の技術的特徴
ハイパースケールDCの設計には、以下のような技術的特徴があります。
- 高密度ラック構成やGPU中心の設計により、演算処理能力を最大化しています。
- 液冷技術や高効率空調の採用により、熱管理と省エネ性能を両立しています。
- 高速光通信ネットワークを活用することで、サーバー間の低遅延・高帯域接続を実現しています。
電力需要増加と将来のリスク
ハイパースケールDCの急増に伴い、2030年代には地域によって電力供給が逼迫するリスクが指摘されています。
特に首都圏や関西圏など、DCが集中するエリアでは、電力インフラの整備が追いつかず、需給バランスの崩れが懸念されています。
電力消費のイメージ
- ハイパースケールDC1棟(30MW級)の電力消費は、一般家庭約1万〜1.5万世帯分に相当します。
- 日本全体では、DC由来の電力需要が2034年までに最大で6.6〜7.7GWに達すると予測されており、これは国内最大電力需要の約4〜5%に相当します。
- 特定地域では、DCの集中により電力予備率の低下や送電網のボトルネックが生じる可能性があります。
発電手段の課題
- 原子力発電は、再稼働に向けた安全規制や地元の同意、長期的な建設期間などの制約があり、即時の供給力強化には限界があります。
- 火力発電は、CO₂排出量の多さから新規建設や拡張が困難であり、脱炭素社会の実現に逆行する側面があります。特に石炭・ガス火力への依存が強い地域では、サステナビリティとの両立が課題となっています。
世界的な傾向と対応策
- 米国、欧州、アジア各国でも、DCの増加に伴う電力需給の逼迫が問題視されています。
アイルランドでは、DCが電力需要の半分近くを占める時間帯もあり、緊急電源の設置や自家発電の導入が進められています。 - 各国では、再生可能エネルギーの導入拡大やネットワーク効率化技術(例:IOWN)の活用により、電力供給の安定化と省エネの両立を図っています。
光通信・IOWNによる省エネの未来

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)は、次世代の通信・コンピューティング基盤として、DCの消費電力削減に大きく貢献する技術です。
特に、AIモデルやGPUを活用した高密度ラック環境において、省エネ効果が顕著に現れるとされています。
IOWNの主な技術構成
IOWNは、以下の3つの中核技術によって構成されています。
- オールフォトニクス・ネットワーク(All-Photonics Network(APN)):
ネットワークから端末まで光信号で接続し、電子中継を極力排除することで、低遅延・低消費電力・大容量通信を実現します。 - コグニティブ・ファウンデーション(Cognitive Foundation(CogF)):
AIを活用して、ICTリソースの動的制御やネットワーク運用の最適化を図ります。これにより、電力需給や処理負荷に応じた自律的な制御が可能になります。 - デジタルツインコンピューティング(Digital Twin Computing(DTC)):
現実空間のモデルを仮想空間上に再現し、シミュレーションや予測処理を行うことで、実体側の負荷を軽減します。
省エネ効果の概算
以下は、IOWN導入による電力消費の削減効果を示した概算例です。
項目 | 従来構成 | IOWN導入後 | 削減率 |
サーバー・ストレージ | 20 MW | 20 MW | 0% |
ネットワーク機器 | 10 MW | 3 MW | 約70% |
冷却・インフラ | 10 MW | 10 MW | 0% |
合計 | 40 MW | 33 MW | 約17.5% |
- 高負荷環境では、最大20〜30%の消費電力削減が可能とされており、特にネットワーク機器の光化による削減効果が大きいです。
APNを活用した遠隔DC間の処理配置最適化により、再生可能エネルギーの利用率を最大31%向上させた実証結果も報告されています。
関連産業の拡大・縮小
ハイパースケールDCの拡大と、省エネ技術の導入は、関連する産業分野に大きな変化をもたらしています。
特に、AIやクラウドサービスの需要増加に伴い、インフラ・機器・エネルギー分野での投資と再編が進んでいます。
拡大が期待される産業分野
1.サーバー・GPU製造業
- AIモデルやクラウドサービスの計算需要が急増しており、GPUや高性能サーバーの需要が拡大しています。
- 技術革新とともに、製造能力の増強が求められています。NVIDIAやAMDなどの企業が市場を牽引しています。
2.液冷・空調設備業
- 高密度ラックによる発熱対策として、液冷技術や高効率空調の導入が不可欠です。
- 省エネニーズの高まりにより、Schneider Electric、ダイキン、東芝などが関連市場で存在感を強めています。
3.光通信・ネットワーク機器業
- IOWNの導入により、電子中継型ルーターやスイッチから光通信機器への置き換えが進んでいます。
- DC間通信やAI負荷分散に対応する高速・低遅延ネットワーク機器の需要が増加しています。
4.再生可能エネルギー事業
- データセンターの電力需要増加に対応するため、太陽光・風力発電やPPA(電力購入契約)サービスが拡大しています。
- 安定供給とCO₂排出削減の両立が求められ、エネルギー事業者の役割が重要になっています。
5.データセンター建設・運営サービス業
- DCの新設・増設に伴い、建設、設備導入、運営管理、効率化コンサルティングなどの需要が高まっています。
- GMOクラウド、IDCフロンティア、KDDIなどが事業機会を拡大しています。
縮小・課題が予想される産業分野
1.小規模火力発電事業
- CO₂排出量の多さから、政府規制や社会的圧力により新規受注や稼働が制限されつつあります。
- 脱炭素政策の進展により、再生可能エネルギーへの転換が求められています。
2.旧型ネットワーク機器業
- 光通信技術やIOWNの普及により、電子中継型のルーター・スイッチの需要が減少しています。
- 高速・低遅延通信への対応が求められる中、旧型機器の陳腐化が進んでいます。
3.電力集中型旧送電設備
- 分散型DCの普及により、従来の集中型送電設備の利用効率が低下しています。
- 地域分散型の電力供給体制への移行が進む中、送電インフラの再設計が課題となっています。
まとめ
ハイパースケールデータセンターの急速な広がりは、便利なサービスの裏側で電力の使い方に大きな影響を与えています。これからの時代は、原子力や火力だけに頼るのではなく、光通信やIOWNのような省エネ技術がますます大切になってきます。
ハイパースケールDCと省エネ技術の組み合わせは、持続可能なデータ社会をつくるための大切な一歩です。産業界全体で協力しながら、よりやさしく、よりスマートな未来を目指していきましょう。