MEMSとは ― マイクロマシンの原点を理解する
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)は、「電子回路(Electrical)」と「機械構造(Mechanical)」を一体化した微小システムであり、微細な機械動作を電気信号として制御する技術です。
半導体製造技術を応用して、シリコン基板上に数μm~数百μmスケールの構造体を形成し、圧力・加速度・流量・音など、物理現象を検知・操作できます。
MEMSの基本構成

MEMSは、以下の基本構造で成り立ちます。
- センサー部:圧力、加速度、磁場などの外的変化を検出
- アクチュエータ部:電気信号で物理的動作を生み出す
- 電子制御回路部:検出信号を処理し出力する
- パッケージ/インターフェース部:外部接続と保護
MEMSが広がった背景
MEMSの誕生は1970年代にさかのぼります。
半導体加工技術(フォトリソグラフィ、ドライエッチング、薄膜形成)を機械構造の製作に応用することで、高精度かつ量産性の高い微小機械が実現しました。
1980年代には自動車用圧力センサー、1990年代には加速度センサー、そして2000年代以降はスマートフォンやウェアラブル機器に搭載され、世界中で数十億個規模が生産されるようになっています。
MEMSの種類と次世代MEMSの位置づけ
MEMSといっても、用途や動作原理により多様な種類が存在します。
以下に主なMEMSの分類と特徴を示します。
MEMSの主な種類と特徴
| 種類 | 構造・動作原理 | 主な特徴 | 主な用途 |
| センサーMEMS | 機械的変位・圧力・加速度を電気信号に変換(ピエゾ抵抗・静電容量式など) | 高感度・低消費電力 | スマホ加速度センサー、自動車圧力センサー、 産業計測 |
| アクチュエータMEMS | 電気信号を力・運動に変換(静電・熱・圧電駆動) | 微小で高速応答 | インクジェットノズル、ミラー制御 |
| RF-MEMS | 微小機械スイッチで高周波信号を制御 | 低損失・高線形性 | 5G/6G通信用アンテナスイッチ |
| 光MEMS(MOEMS) | 微小ミラー・導波路を動作させ光を変調・反射 | 高速・精密 | LiDAR、AR/VRディスプレイ |
| Bio-MEMS | 微小流路・マイクロチャンネルを利用 | 微量検体の処理が可能 | 医療診断チップ、ドラッグデリバリー |
| パワーMEMS | 熱・振動を電力に変換 | 自立稼働が可能 | エネルギーハーベスティング |
次世代MEMSと従来MEMSの違い
次世代MEMSは、ナノ・バイオ技術や3D構造・複合材料を融合した革新的なマイクロデバイスであり、従来MEMSと比べて高機能・高集積・低消費電力・多用途化が進んでいます。
次世代MEMS vs 従来MEMSの比較一覧表
| 項目 | 次世代MEMS | 従来MEMS |
| 原理 | ナノ・バイオ融合、エネルギーハーベスティング、 環境応答型構造など | シリコン基板上の微細加工による機械・電気融合 |
| 構造 | 3D構造、複合材料、 マルチ機能統合(センサー+アクチュエータ+通信) | 2D平面構造が中心、単一機能部品 |
| 機能 | 多機能センサー(健康管理、環境検知、AI連携)、 自律動作 | 加速度・圧力・ジャイロなど単機能センサー |
| 製造工程 | 常温接合、DRIE深掘り技術、3Dプリント、Lab-in-Fab統合製造 | フォトリソグラフィ+エッチング+接合 |
| コスト | 高機能化により初期コスト高だが、省電力・高歩留まりで長期的に低コスト | ウエハ単位の量産で低コスト |
| 用途 | 環境・エネルギー(浄化・検知)、医療・福祉(体内留置・健康管理)、安全・安心(壁紙型センサー) | スマホ、車載センサー、医療機器 |
MEMSの多様化が意味すること
従来MEMSは、加速度・圧力・温度などのセンシング用途が中心でした。
しかしIoTやAI時代の到来により、MEMSは単なるセンサーではなく、「物理世界をデジタル世界へ橋渡しするインターフェース」としての役割を担うようになっています。
- MEMSは“データの入口”を形成
- AI半導体やクラウドが処理する情報の源泉
- 機械・通信・医療・エネルギー分野への拡張が進行中
次世代MEMSの特徴
従来MEMSとの違いは、「小型化」ではなく「高機能化と集積化」にあります。
次世代MEMSの主な特徴
- 3D積層構造化:MEMS層とCMOS制御回路を一体形成
- 新素材採用:SiC、GaN、グラフェン、ポリマーなど
- 多機能化:センシング・演算・通信を単一デバイス内で統合
- パッケージ革新:ウエハレベルパッケージ(WLP)で低コスト量産
- 知能化MEMS:AIチップ連携でデータ解析をチップ内で行う
次世代MEMSと従来MEMSの製造工程の違い

次世代MEMSと従来MEMSの生産工程では、「機械構造を形成するための立体加工」が大きな違いです。
次世代MEMSと従来MEMSの製造工程比較
MEMS製造工程を「ウエハからの工程順」に沿って、従来MEMSと次世代MEMSの違いを工程毎に比較します。
ちなみに、製造工程の基本フローは似ていますが、工程内容と技術は大きく異なるため、製造工程は同じとは言えません。
MEMS製造工程の工程順比較:従来MEMS vs 次世代MEMS
| 工程順序 | 工程名 | 次世代MEMSの進化・新技術 | 従来MEMSの技術内容 |
| ① | ウエハ準備 | 多素材対応(ガラス、ポリマー、金属、フレキシブル基板) | 単結晶Siウエハ、SOIウエハ |
| ② | フォトリソグラフィ | EUVリソグラフィ、ナノインプリントによる高精度・低コスト化 | 紫外線露光によるパターン形成 |
| ③ | エッチング | DRIE(深掘りイオンエッチング)、ナノ構造形成 | ウェット/ドライエッチング、等方/異方性処理 |
| ④ | 犠牲層形成・除去 | 高選択性エッチング、バイオMEMS向け犠牲層技術 | 可動構造形成のための犠牲層(SiO₂など) |
| ⑤ | 薄膜形成 | 原子層堆積(ALD)、圧電膜・磁性膜・バイオ膜の複合形成 | CVD、PVD、スパッタリングによる単層膜形成 |
| ⑥ | 構造形成 | 3D積層構造、3DプリントMEMS、フレキシブル構造形成 | 表面/バルクマイクロマシニング |
| ⑦ | 接合・封止 | 常温接合(SAB)、低温封止、異種材料接合 | 高温陽極接合、ガラス接合 |
| ⑧ | 回路統合 | SoC統合、センサー+制御+通信の一体化(Smart MEMS) | 外部ICとの接続 |
| ⑨ | 検査・評価 | リアルタイム検査、AIによる欠陥検出・プロセス最適化 | 外部工程での後工程検査 |
| ⑩ | 量産対応 | 300mm対応、Lab-in-Fab方式、高荷重ボンドチャンバー | 200mmウエハ中心 |
次世代MEMSを支える製造装置とプロセス技術
次世代MEMSの実現には、半導体と同等レベルの装置精度が求められます。
代表的な工程と装置を以下にまとめます。
| 工程 | 主な装置 | 技術ポイント | 代表メーカー |
| 成膜 | ALD、CVD、スパッタ | ナノ厚制御・高均一性 | 東京エレクトロン、サムコ、アプライド |
| エッチング | DRIE、プラズマ | 高アスペクト比構造形成 | SPTS、オックスフォード |
| ウエハ接合 | 陽極・熱圧接・レーザ | MEMS+CMOS積層 | EVG、SÜSS MicroTec |
| パッケージ | TSV、WLP | 小型化・熱管理 | ASMPT、DISCO |
| テスト | 非接触検査 | MEMS動作評価 | KLA、STS |
次世代MEMSの市場動向と用途展開
世界のMEMS市場は、2024年時点で約170億ドル(約2.6兆円)。
2030年には、300億ドル(約4.5兆円)規模へ成長すると予測されています。
このうち、次世代MEMSが占める割合は約1/3(100億ドル)に達すると見られています。
分野別市場推移(「Mordor Intelligence」や「Yole Group」の市場レポート から引用)
| 分野 | 主な用途 | 2024年 | 2030年 | 成長率 | 主な企業 |
| センサーMEMS | 加速度、圧力、ジャイロ | $9.0B | $13.5B | 1.5倍 | Bosch、STMicro |
| RF-MEMS | 通信スイッチ | $2.1B | $5.0B | 2.4倍 | Qorvo、Broadcom |
| 光MEMS | LiDAR、AR/VR | $1.4B | $4.2B | 3.0倍 | Sony、TI |
| Bio-MEMS | 医療診断、DDS | $1.0B | $3.0B | 3.0倍 | Abbott、TDK |
| MEMS全体 | ― | $17B | $30B | 1.8倍 | ― |
| 次世代MEMS推定 | ― | ― | $10B | ― | ― |
成長の要因
- 5G/6G通信の普及 → RF-MEMS需要拡大
- 自動運転・ADAS → LiDAR搭載率上昇
- ウェアラブル医療 → Bio-MEMS普及
- AIデバイス → MEMSセンサー連携増加
MEMSは単体市場に留まらず、IoT・AI・自動車・医療の中核要素技術として再定義されています。
次世代MEMSが変える未来と、次世代半導体を使わずに選ばれる理由
次世代MEMSがもたらす未来像

■ 物理世界のリアルタイムデジタル化
次世代MEMSでは、センサー群がネットワーク化され、「環境そのものが知能を持つ」社会が予想されます。
■ 「電力を使わないIoT」への進化
パワーMEMS技術を活用したエネルギーハーベスティングにより、電池交換不要のIoTデバイスが普及。
農業・インフラ・医療など、電源確保が難しい環境でも自立稼働が可能か。
■ 医療・ライフサイエンスの微小化
Bio-MEMSにより、血液1滴で多項目診断が可能なオンチップ検査システムが登場。
ポータブル医療や個人モニタリングの基盤技術が進化。
次世代半導体ではなく次世代MEMSを選ぶ理由
| 項目 | 次世代MEMS | 次世代半導体 | コメント |
| 主目的 | 計測・物理検出 | 計算・情報処理 | 補完関係 |
| コスト | 低(従来装置流用可) | 高(EUV・先端ノード) | 設計自由度が高い |
| 動作対象 | 物理・化学信号 | 電気・論理信号 | IoTセンサーの最前線 |
| 消費電力 | 超低 | 高 | 自立稼働が可能 |
| 開発期間 | 短 | 長 | 特定用途への迅速対応 |
| 導入障壁 | 低 | 高 | スタートアップに適す |
次世代MEMSは「演算を担う半導体」と異なり、“物理世界のデータ化”という最前線を担う技術です。
演算性能よりも、
- 高感度なセンシング
- 超小型・低消費電力
- 環境自立型の動作
が重視される分野で、次世代半導体ではなく次世代MEMSが選ばれます。
まとめ ― MEMSから始まる「フィジカルAI」の時代へ
次世代MEMSは、AI・通信・半導体の“前段階”を支えるフィジカル層技術です。
AIが「考える」なら、MEMSは「感じ取る」存在です。
- MEMSはAIやクラウドが扱うデータの入口
- 次世代MEMSは自立的にセンシング・発電・通信を実現
- 半導体+MEMSの融合がスマート社会の基盤になる
フィジカルAI(Physical AI)と呼ばれる時代において、MEMSは「人間の五感を模倣する電子の感覚器官」として中心的な役割を果たすでしょう。

