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スーパーゼネコンが挑む半導体クリーンルーム「Rapidus・TSMC熊本」から読み解く

半導体
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はじめに

半導体産業は、2nm世代の量産化やEUV(極端紫外線)露光技術の普及により、製造環境に求められる精度と安定性は飛躍的に高まり、クリーンルームの性能も更に製品品質に大きく影響を及ぼします。

現在、日本国内では国家戦略レベルの半導体工場が次々と建設され代表的なプロジェクトは以下の2つです。

  • Rapidus(北海道千歳)
  • TSMC熊本(JASM)

これらの設計・施工を担っているのは、鹿島建設、大林組、大成建設、清水建設、竹中工務店といったスーパーゼネコンです。

空調制御、微粒子管理、分子汚染(AMC)対策、BCP(事業継続計画)に基づく冗長設計など、半導体製造の根幹を支える“製造環境”そのものを構築しています。

本コラムでは、RapidusやTSMC熊本の事例を通じて、次世代クリーンルームに求められる性能を解説します。

次世代半導体が求めるクリーンルーム性能とは

2nm世代の量産やEUV(極端紫外線)露光技術の導入により、半導体製造におけるクリーンルームの性能は、これまで以上に厳しくなっています。

特に、ISOクラス1〜3に相当する超高清浄度に加え、分子レベルの汚染(AMC:Airborne Molecular Contamination)や微細な振動、さらには温湿度のわずかな変動にも対応する必要があります。

空気清浄度クラスによる測定粒径と上限濃度

たとえば、EUV露光では波長13.5nmという非常に短い光を使用するため、空気中の微粒子だけでなく、分子レベルの汚染物質が回路形成に悪影響を及ぼす可能性があります。

そのため、AMC対策は設計段階から不可欠となり、空調や排気、さらには使用する建材の選定に至るまで、総合的な検討が求められます。

また、温度や湿度の制御についても、高い精度が必要とされています。

たとえば、±0.1℃、±1%RH以下の精密な制御が求められ、これにより材料の膨張や静電気の発生を抑え、製造工程の安定性を確保します。

さらに、ナノレベルの微振動や電磁ノイズも製造精度に影響を与えるため、建屋の構造や床材に振動吸収機能を持たせるなど、物理的な対策も重要です。

性能要件の比較

要素次世代仕様(2nm・EUV対応)従来仕様(例:ISOクラス5〜6)
清浄度ISOクラス1〜3ISOクラス5〜6
温湿度制御±0.1℃、±1%RH以下±1℃、±5%RH
AMC対策全工程で必須一部工程で対応
微振動対策ナノ振動吸収床・免震構造・装置架台設計など複合対策建屋基礎構造による減衰

AMC対策:従来はフォト工程など一部に限定されていましたが、EUVでは全工程でAMCが歩留まりに影響するため、空調・排気・材料選定まで含めた統合設計が必要です。

微振動対策:ナノレベル振動を吸収する床を採用し、免震構造や装置架台の防振設計も含めて複合的に対応する必要があります。

次世代半導体クリーンルームに求められる性能・仕様

次世代半導体製造に必要とされる主な性能要件と、従来仕様との比較です。

項目次世代仕様(2nm世代以降)現在の標準仕様(例:ISOクラス5〜6)
清浄度クラスISOクラス1〜3ISOクラス5〜6
粒子管理ナノ粒子+分子汚染(AMC)制御微粒子
温度制御±0.1℃以下±1℃程度
湿度制御±1%RH以下±5%RH程度
圧力差管理微差圧制御(ゾーン間の粒子逆流防止)正圧維持(外部からの汚染防止)
振動対策ナノ振動対策建屋構造による減衰
AMC対策全工程でAMC除去一部工程で対応
空調方式ZEB対応空調+AI制御+エネルギー回収FFU(ファンフィルターユニット)+局所清浄化
モジュール性・拡張性モジュール型・可搬型クリーンルーム固定構造中心
BCP・冗長性全系統で停電・災害時に製造継続可能一部対応
  • EUV露光(波長13.5nm)では、空気中の微粒子や温湿度のわずかな揺らぎが回路欠陥に直結します。
  • チップレット接合やハイブリッドボンディングでは、表面の分子汚染が導通不良を引き起こすため、AMC対策が不可欠です。
  • 2nm世代以降では、ナノ粒子・分子汚染・微振動・静電気など、従来では軽視されていた要素が歩留まりに大きく影響するようになっています。

次世代半導体に対応するためのクリーンルーム技術

新たな技術の必要性を実用化時期と現在の進捗について解説します。
(2nm世代・EUV露光・チップレット接合などを想定)

技術カテゴリ必要な新技術現在の対応状況実用化予想時期
超清浄度制御ISOクラス1〜3対応のナノ粒子除去技術EUV対応設備を開発中(高砂熱学工業・荏原冷熱システムなど)2025〜2026年(EUV量産対応)
AMC除去有機・無機ガスの分子レベル除去(AMCフィルタ・吸着材・材料選定)AMC対策空調を導入(ダイダン・三機工業など)2025年以降
微振動・電磁ノイズ対策ナノ振動吸収床、免震構造、EMIシールド構造Rapidus・TSMC熊本で採用開始2025〜2027年
AI空調制御温湿度・気流・粒子濃度をAIでリアルタイム制御清水建設などが実証中2026年以降
モジュール型構造工程変更に対応する可搬型・再構成型クリーンルームオーク設備・竹中技研などが開発中2026〜2028年
ZEB・省エネ対応熱源最適化、エネルギー回収、ZEB Ready設計大林組・大成建設がZEB対応空調を導入2025年以降
BCP・冗長設計空調・電源・排気系統の多重化、自立運転機能による災害時対応Rapidus・ソニー熊本でBCP設計が進行中2025〜2026年
  • EUV露光やチップレット接合では、ナノ粒子やAMC(Airborne Molecular Contamination:気中分子状汚染物質)、微振動、静電気などが直接的に歩留まりや導通不良に影響を与えるため、従来以上に高度な環境制御が求められます。

  • AI空調やZEB設計は、製造安定性だけでなく、エネルギー効率やサステナビリティの観点からも導入が加速しています。
    ※ZEB(ゼブ:Zero Energy Building)とは、建物の年間一次エネルギー消費量を「ゼロ、もしくは大幅に削減すること」を目指した建物のことです。

  • モジュール型構造BCP設計は、工程変更・災害対応・設備更新といった柔軟性・継続性の確保に不可欠です。
    ※BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)とは、自然災害・事故・感染症・システム障害などの緊急事態が発生した際でも、事業をできる限り中断させず、早期に復旧させるための計画のことです。

「Rapidus」・「TSMC熊本」に見る設計・施工の最前線

https://www.hokkaido-np.co.jp/article_photo/list/?article_id=1142501&pid=14564596
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJC146J00U3A910C2000000/

RapidusとTSMC熊本は、日本の半導体製造基盤を再構築する象徴的なプロジェクトです。

Rapidusでは、鹿島建設が主幹ゼネコンとして参画し、ISOクラス1〜3に対応する超清浄度クリーンルームの設計を対応しています。
EUV露光工程に対応するため、荏原冷熱システムや日立プラントサービスと連携し、粒子・分子・振動・温湿度といった複数の要素を統合的に制御する設計を実現しています。

TSMC熊本では、大林組が第1・第2工場の施工を担当し、高砂熱学工業や三機工業と協力して、AI制御型空調や微差圧制御、AMC除去システムを導入しています。
さらに、BIMを活用し、施工精度の向上と工程効率の最適化を両立させています。
BIM(Building Information Modeling:ビルディング・インフォメーション・モデリング)とは、建物の形状・性能・コスト・工期・設備情報などを3Dモデルに統合し、企画から設計・施工・維持管理までをデジタルで一元管理する手法のことです。

両プロジェクトに共通するのは、「建築物としての工場」から「製造環境そのものを設計する」という発想への転換です。
空調・電気・構造・セキュリティなど、あらゆる要素が製造工程と一体化して設計されており、ゼネコンと設備企業の高度な協業力が、その成否を大きく左右しています。

スーパーゼネコンの技術戦略と対応力

スーパーゼネコンは、製造環境の総合設計者として、空調・粒子・分子・振動・温湿度など複合的な要素を統合する技術力を発揮しています。

各社は設備企業と連携し、AI制御・AMC対策・ZEB設計・BIM活用などを駆使して、次世代クリーンルームを構築しています。

たとえば、鹿島建設はRapidusで±0.1℃の温度制御やAMC除去フィルタの配置設計を実施。

大林組はTSMC熊本でAI空調とZEB対応設計を導入し、環境負荷と運用コストの両立を図っています。大成建設・清水建設・竹中工務店も、それぞれの強みを活かした設計・施工を展開しています。

ゼネコン別の主な対応技術

ゼネコン主な対応技術内容
鹿島建設ISOクラス1対応空調、AMC除去設計、空調・電源系の冗長化設計
大林組AI空調制御、BIMによる施工管理、ZEB対応の省エネ設計
大成建設局所空調制御、微粒子管理に特化したクリーンゾーニング設計
清水建設スマートファブ設計(空調・電気・セキュリティの統合管理)
竹中工務店意匠性と機能性を両立させた製造環境設計、社内設計部門との連携

このように、各社は自社の強みを活かしながら、製造環境の高度化に対応するための技術戦略を展開しています。

業績概要(参考:2025年3月期)

企業名売上高(億円)経常利益(億円)営業利益率特記事項・傾向
鹿島建設29,1181,606約5.5%売上・利益ともにトップ。採算改善が奏功
大林組26,2011,372約5.2%安定した収益性。大型案件が寄与
大成建設21,5421,108約5.1%都市再開発に強み。利益率も堅調
清水建設19,443246約1.3%利益は黒字だが、営業利益は赤字。低採算工事が影響
竹中工務店12,022非公開(推定)非公開建築特化型。非上場のため詳細は未開示

竹中工務店は非上場企業のため、決算情報は正式には開示されていません。売上高は業界推定値であり、利益情報は不明です。)

主な半導体工場およびクリーンルームの設計・施工実績の一覧

企業名主な半導体工場の施工実績(国内外)クリーンルーム設計・施工実績例
鹿島建設・Rapidus(北海道千歳)
・キオクシア 四日市工場/岩手工場
・ソニーセミコンダクタ 熊本工場
・Rapidus向けGMP対応クリーンルーム
・キオクシアNAND製造ライン対応
大林組・TSMC熊本 第1・第2工場(JASM)
・ルネサス 那珂工場再建
・ソニー 熊本工場
・TSMC向けISOクラス対応クリーンルーム
・ルネサス再建時の高性能空調設計
大成建設・キオクシア 岩手工場
・ローム 京都新工場
・富士電機 半導体製造施設
・ローム向け微粒子制御型クリーンルーム
・富士電機向け高効率空調設計
清水建設・ソニー 熊本工場
・ルネサス 高崎工場
・キオクシア 四日市工場
・ソニー向けクラス100対応クリーンルーム
・ルネサス向け再構築設計
竹中工務店・ローム 京都工場(建築主)
・村田製作所 関連施設
・村田製作所向けクリーンルーム設計
・ローム向け建築一体型空調設計

(※GMP対応クリーンルームとは、医薬品や医療機器、再生医療製品の製造において、GMP(Good Manufacturing Practice:適正製造基準)の要求事項を満たすために設計・運用されるクリーンルームのことです。

スーパーゼネコン各社のクリーンルーム技術比較

企業名空調制御技術の特徴微粒子制御技術
鹿島建設高効率空調システム(省エネ・熱源最適化)CFD(数値流体解析)による気流設計
大林組ZEB対応空調設計、熱回収型空調システムISOクラス1〜5対応の気流制御
大成建設「T-Zone」:局所空調制御と省エネの両立ナノ粒子レベルの浮遊粒子制御
清水建設「Smart Breeze」:AI制御型空調システムクラス100〜100,000まで柔軟に対応可能
竹中工務店建築一体型空調設計(意匠と機能の融合)微差圧制御によるゾーン分離技術

クリーンルーム設計の実績企業と半導体工場の対応一覧

ゼネコン対象工場(半導体)クリーンルーム設計企業(実績あり)
鹿島建設Rapidus(北海道千歳)荏原冷熱システム、日立プラントサービス
大林組TSMC熊本 第1・第2工場(JASM)高砂熱学工業、三機工業
大成建設ローム 京都新工場ダイダン、三建設備工業
清水建設ソニー 熊本工場三機工業、日比谷総合設備
竹中工務店村田製作所 Y工場、ローム 京都工場オーク設備工業、竹中技研(社内設計部門)

クリーンルーム設計企業の技術比較表(半導体工場向け)

設計企業名対象工場例(ゼネコン)技術的特徴・強みISOクラス対応
荏原冷熱システムRapidus(鹿島建設)冷却水・空調の統合設計、省エネ型熱源制御ISO 5〜7
日立プラントサービスRapidus(鹿島建設)空調・電気・給排水の統合設計、BIM活用ISO 5〜8
高砂熱学工業TSMC熊本(大林組)超高清浄度対応、気流解析、微差圧制御ISO 1〜5
三機工業TSMC熊本・ソニー熊本(大林組・清水建設)空調・電気・衛生設備の統合設計、再生医療施設にも対応ISO 5〜7
ダイダンローム京都・ソニー熊本(大成建設・清水建設)クリーンブース設計、温湿度制御、省エネ空調ISO 5〜8
三建設備工業ローム京都(大成建設)局所空調制御、微粒子管理、GMP対応ISO 5〜7
日比谷総合設備ソニー熊本(清水建設)空調・電気・セキュリティの統合設計ISO 5〜8
オーク設備工業村田製作所・ローム京都(竹中工務店)建築一体型空調設計、意匠と機能の融合ISO 5〜7
竹中技研(社内)村田製作所・ローム京都(竹中工務店)意匠設計とクリーンルーム設計の融合、社内一貫体制ISO 5〜7

グローバル標準と日本の競争力

技術以外の主要課題と解決見通し

課題カテゴリ内容解決可能性・動向
人材・技能不足高度なクリーンルーム設計・施工・運用に対応できる技術者が不足専門教育・資格制度の整備が進行中。完全解消には時間が必要
コスト・投資負担超高性能仕様により建設・運用コストが増大政府補助・共同投資(Rapidus・TSMCなど)
サプライチェーン高性能フィルタ・AMC除去材・制御機器などの供給安定性国内製造・在庫分散が進むが、海外依存は一部残る
設計変更への柔軟性チップレット・後工程統合に対応する設計の柔軟性モジュール型構造・再構成型設計が普及しつつある
規制・認証対応GMP・ISO・ZEB・環境規制など多様な認証への同時対応が求められる設計段階から統合対応するBIM活用が進展中
災害・BCP対策停電・地震・水害などへの冗長設計・自立運転機能の確保Rapidus・ソニー熊本などで冗長設計が導入されつつある
建設期間の長期化高度仕様により設計・施工期間が長期化(2〜3年超)プレファブ・BIM・AI施工管理で短縮化が進行中

技術課題はほぼ解決フェーズにあり、2025〜2027年にかけて実用化が進む。

技術以外の課題では、特に人材・コスト・サプライチェーンは中長期的な対応が必要となっています。

設計の柔軟性・BCP・規制対応は、BIM・AI・モジュール設計によって解決可能性が高まっています。

主な海外のクリーンルーム動向

地域・国主な規格・基準技術動向・特徴
アメリカISO 14644 + FDA cGMP半導体(Intel, Micron)・バイオ医薬品向けにISOクラス1〜3の超清浄度対応。AI制御空調・AMC除去技術が進展。
中国GB50073(国家標準)+ ISO 14644国家主導で半導体・EVバッテリー・医薬品向けにクリーンルーム投資拡大。地場設備メーカーの台頭も顕著。
韓国ISO 14644 + KFDA(医薬品)Samsung・SK Hynix主導でEUV対応クリーンルームを量産展開。微振動・AMC対策に注力。
欧州ISO 14644 + EU GMP Annex 1医薬品・再生医療向けにゾーニング・微生物制御が厳格。ZEB・サステナブル設計が進行。
イスラエルISO 14644 + FDA準拠Tower Semiconductor・Intelなどが主導。省スペース・高密度設計に強み。軍民融合型施設も存在。
インドISO 14644 + WHO GMP医薬品・バイオ製造向けに急成長。コスト効率型クリーンルームが主流。空調・HEPAの国産化が進む。
マレーシア ISO 14644 + ASEAN GMPTSMC・Intel・Western Digitalの進出で半導体向けクリーンルームが拡大。人材育成と外資連携が鍵。

FDA cGMP(current Good Manufacturing Practice)とは、米国食品医薬品局(FDA)が定める、医薬品・医療機器・食品などの「現在求められる適正製造基準」のことです。

AI制御:リアルタイム最適化の中枢技術

温湿度・気流・粒子濃度・圧力などの環境パラメータを、AIがセンサー情報をもとにリアルタイムで制御・最適化する技術です。

導入例:清水建設「SmartBreeze」、米IntelのAI空調制御システムなど。

ZEB対応:環境負荷と運用コストの両立

ZEB(Net Zero Energy Building)とは、建物の年間一次エネルギー消費量をゼロにする設計思想。クリーンルームでも空調・照明・排気などの省エネ化が求められます。

導入例:大林組・大成建設がZEB Ready仕様のクリーンルームを設計。欧州ではZEB+GMP対応が標準化。

AMC対策:分子レベルの汚染制御

2nm世代・チップレット接合・EUV露光では、粒子だけでなく分子汚染が導通不良や欠陥の原因となります。

導入例:高砂熱学・三機工業・荏原冷熱などがAMC除去フィルタ・吸着材を導入。TSMC熊本・Rapidusでも対応。

SEMI規格(SEMI F21など)やISO 14644-8でAMC対策が明文化され、設計・運用の必須項目となります。

まとめ

クリーンルームは、単なる清浄空間ではなく、製造プロセスそのものを支える戦略的インフラです。
スーパーゼネコンと設備企業の挑戦は、日本の産業競争力を左右する重要なテーマであり、今後の半導体産業の成長に不可欠な要素です。

AI制御、ZEB対応、AMC対策、BIM活用、BCP設計などの技術は、もはや選択肢ではなく、グローバル競争における前提条件となっています。
製造環境の進化は、半導体の進化と表裏一体であり、産業界・学術界・行政が連携して取り組むべき国家的課題といえるでしょう。

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