近年、半導体材料の多様化が加速する中で、酸化物半導体「IGZO(インジウム・ガリウム・亜鉛酸化物)」が注目を集めています。
従来のシリコン系材料では困難だった高電子移動度・低リーク電流・高い透明性を兼ね備え、ディスプレイ駆動回路をはじめ、次世代メモリやニューロモーフィックデバイスなど、幅広い分野への応用が期待されています。
本記事では、IGZOの物性・構造・製造技術・応用事例に加え、将来展望についても、技術者の視点から体系的に解説します。
IGZOとは何か ― 材料構成と電子物性
IGZOとは、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、亜鉛(Zn)を含む酸化物で構成されるアモルファス酸化物半導体です。
下表は、従来のa-Si(アモルファスシリコン)、LTPS(低温ポリシリコン)との物性比較です。
主な物性特性
特性 | IGZO | a-Si | LTPS |
電子移動度 (cm²/Vs) | 10〜20 | 0.5〜1 | 100〜200 |
オフ電流 | 極低 | 中 | 低 |
成膜温度 | 低温(200〜300℃) | 低温 | 高温(>500℃) |
透明性 | 高 | 低 | 低 |
IGZOはアモルファス状態(物質の原子や分子が規則的な配列を持たず、不規則に並んでいる固体の状態)でも高電子移動度を維持できるため、製造工程の簡略化と基板選択の自由度向上に寄与します。

製造技術とプロセスの特徴
成膜プロセスのポイント
- ターゲット材料:IGZOのセラミックターゲットを使用し、In(インジウム)・Ga(ガリウム)・Zn(亜鉛)の比率を調整することで、特性を最適化できます。
- 成膜条件:
RFスパッタリング(高周波電源を使用)
酸素分圧の制御:酸素の量を調整することで、膜中の欠陥やキャリア濃度をコントロールします。 - アニール処理(熱処理):
成膜後に200〜400℃の酸素雰囲気下で加熱することで、膜中の欠陥を減らし、安定した電気特性を得ることができます。

技術的課題
課題 | 内容 | 対策例 |
酸素欠陥 | 酸素が不足すると、キャリア(電子)の濃度が不安定になり、動作がばらつく | 酸素分圧の最適化、アニール処理 |
水分吸収 | 空気中の水分を吸収すると、膜の特性が劣化する | 表面パッシベーション(保護膜) |
成膜の均一性 | 大面積で均一な膜を作るのが難しく、量産性に影響 | 多層構造化、成膜条件の最適化 |
研究の方向性
これらの課題に対して、現在は以下のような技術が研究されています:
- 多層構造化 :異なる材料を積層することで、特性の安定化と制御性を向上
- 表面パッシベーション :膜の表面を保護することで、水分や酸素との反応を抑え、長期安定性を確保
応用分野と実装事例

IGZOは、優れた電子特性と透明性を活かし、さまざまな分野で実用化・研究が進んでいます。
以下は、主な応用例です。
① ディスプレイ駆動回路(TFTバックプレーン)
IGZOは、LCDやOLEDの画素制御回路(TFT)に使用され、以下の利点があります。
- 高精細表示:電子移動度が高く、微細な画素制御が可能
- 低消費電力:リーク電流が少なく、待機時の電力を抑制
- 長寿命:材料の安定性が高く、劣化しにくい
実装例:シャープ製スマートフォン・タブレット、LGの高解像度モニターなど
② センサー技術
IGZOの酸化物特性を活かし、以下のようなセンサー用途に展開されています。
- X線センサー:医療診断や非破壊検査において、高感度・高解像度を実現
- 環境センサー:酸素や水分との反応性を利用し、ガス検知などに応用
③ 次世代メモリ(ReRAM)
IGZOは、抵抗変化型メモリ(ReRAM)の構成材料として注目されています。
- スイッチング層や選択素子として使用
- 低消費電力・高速動作を実現し、不揮発性メモリの性能向上に貢献
④ ニューロモーフィックデバイス(人間の脳の神経回路(ニューロンとシナプス)を電子回路で模倣した次世代の情報処理デバイス)
IGZOのアナログ的な電気応答を活かし、脳型コンピューティングへの応用が進んでいます。
- 人工シナプス素子としての利用
- スパイキング・ニューラル・ネットワーク(SNN)などの構築に向けた候補材料
IGZOの将来性と産業インパクト
IGZOは、「透明・低温プロセス対応・高性能」という独自の特性を備えており、次のような未来技術への貢献が期待されています。
- フレキシブルエレクトロニクス
折り曲げ可能なディスプレイやウェアラブル機器において、透明性と柔軟性を両立する材料として注目 - AR/VRデバイス
透明回路により、視界を妨げずに情報表示が可能。没入感を損なわない表示技術の鍵となる - 常時接続型IoTセンサー
低消費電力で動作するため、環境モニタリングやスマートホームなどの常時監視用途に最適
さらに、IGZOは日本発の先端材料技術として、グローバル市場において高い競争力を持っています。
まとめ:IGZOは「用途特化型の次世代標準」
IGZOの進化は、以下の3つの要素が密接に連携することで加速しています。
- 材料設計:電子移動度や安定性を左右する組成・構造の最適化
- プロセス開発:低温成膜や欠陥制御など、製造技術の高度化
- 応用展開:ディスプレイ駆動回路、センサー、メモリ、AIデバイスなどへの実装
これらが一体となって進化することで、IGZOは「用途特化型の次世代スタンダード」として、未来の技術領域を切り拓く鍵になるでしょう。
IGZOは、単なる材料ではなく、設計・製造・応用のすべてに関わる“技術のつなぎ役”です。
これからのエレクトロニクスを担う若手技術者にとって、IGZOの理解は材料工学・デバイス設計・プロセス技術の橋渡しとなる重要な知識になります。
「透明・高性能・低温プロセス対応」というIGZOの特性は、柔軟基板・ウェアラブル・AIセンサーなど、未来の製品開発に直結しています。
rakuten