スマホからAI、EV(電気自動車)に至るまで、私たちの生活に欠かせない存在となっている半導体。その重要性が世界中で高まる中、半導体業界の構造や市場規模、主要企業の強みと弱みを整理し、半導体業界の成長シナリオを解説します。
半導体業界の業界構造

半導体業界は、複雑なサプライチェーンと高度に専門分化された役割によって成り立っています。
その構造は、6つに分類できます。
設計(ファブレス/IDM設計部門)
- 役割:半導体チップの回路やアーキテクチャを設計します。
- 主な企業:
NVIDIA(GPU)(米国)
Qualcomm(通信向けSoC)(米国)
AMD(CPU、GPU)(米国)
Apple(自社設計のMシリーズチップ)(米国) - 特徴:工場を持たず、製造はファウンドリに委託します。これを「ファブレス」と呼びます。
製造(ファウンドリ/IDM製造部門)
- 役割:設計されたチップを実際に製造します。
- 主な企業:
TSMC(世界最大のファウンドリ)(台湾)
Samsung(IDM+ファウンドリのハイブリッド)(韓国)
Intel(自社設計・自社製造の典型的IDM)(米国) - 特徴:
ファウンドリ(受託生産専業)
IDM(自社設計・自社製造・自社販売を一貫して行います)
パッケージング・テスト(OSAT)
- 役割:製造されたチップをパッケージ化し、電気的に検査します。
- 主な企業:
ASE(台湾)
Amkor(米国)
JCET(中国) - 特徴:
チップを最終製品に組み込めるよう加工・検査する工程です。
高性能化により重要度が増しています(例:3Dパッケージ、チップレット)。
半導体製造装置メーカー
- 役割:ウエハー加工や露光、エッチング、成膜などを行う装置を提供します。
- 主な企業:
ASML(EUV露光装置)(蘭)
東京エレクトロン(成膜・エッチング装置)(日本)
アプライドマテリアルズ(米国/総合装置メーカー)(米国) - 特徴:1台数百億円にもなる超精密機械で、技術力が重要です。
材料・部材メーカー
- 役割:シリコンウエハー、フォトレジスト、ガスなどの素材・部材を供給します。
- 主な企業:
信越化学工業(ウエハ)(日本)
SUMCO(ウエハ)(日本)
JSR、東京応化(レジスト)(日本) - 特徴:先端プロセスの高度化に伴い、超高純度の素材や先進材料の需要が急増しています。
最終製品メーカー(セットメーカー)
- 役割:完成した半導体を組み込み、最終製品として消費者や企業に提供します。
- 主な企業:
Apple (i-Phone)(米国)
Tesla(自動車)(米国)
Huawei(スマホ・通信機器)(中国)
Samsung(スマホ・通信機器)(韓国) - 特徴:ユーザー視点での機能開発に取り組みます。半導体の性能開発が製品の競争力に直結します。
半導体業界の特徴的な構造
- 水平分業と垂直統合の混在
「ファブレス型」+「ファウンドリ型」:NVIDIA+TSMCのように分業が進んだ構造が特徴的です。
「IDM型」:IntelやSamsungのように自社で全工程を完結させるモデルを行う企業があります。 - 地理的分散
設計:米国・中国・日本
製造:台湾・韓国・アメリカ
材料・装置:日本・アメリカ・オランダ
組立・テスト:東南アジア(マレーシア・フィリピンなど) - 高度な国際依存
各国の企業や地域が強みを分担しているため、サプライチェーン全体の安全保障・安定性が重要課題になっています。
半導体市場規模

半導体チップ市場
2024年実績:約6,276億ドル(約94兆円)(前年比19.1%増)
- 主なセグメント:
ロジック(SoC、CPU、GPUなど):最先端技術が求められ、AIや5G向けに需要が急増。
メモリ(DRAM、NAND):スマートフォン、サーバー、PCなど幅広い用途で安定需要。
アナログ:電力制御、信号処理などに活用され、自動車や産業機器で欠かせない存在。
センサー:イメージセンサー、温度・加速度センサーなど、IoT時代の重要パーツ。
- 2024年半導体企業売上高トップ10(ガートナーの資料より)
No | 企業名 | 売上高 (億ドル) | 増減率 (%) |
1 | 韓)サムスン電子 | 665 | 62.5 |
2 | 米)インテル | 491 | 0.1 |
3 | 米)エヌビディア | 459 | 83.6 |
4 | 韓)SKハイニクス | 428 | 86.0 |
5 | 米)クアルコム | 323 | 10.7 |
6 | 米)マイクロンテクノロジー | 279 | 72.7 |
7 | 米)ブロードコム | 276 | 7.9 |
8 | 米)AMD | 239 | 7.4 |
9 | 米)アップル | 188 | 4.6 |
10 | 独)インフィニオンテクノロジーズ | 160 | -6.0 |
半導体製造装置市場
2024年実績:約1,090億ドル(約16兆円)
- 主なカテゴリ:
露光装置:微細化技術へのEUV(極端紫外線)を用いた装置はASMLが独占供給。
成膜装置:チップ上に膜を形成する工程。東京エレクトロン、LAM Researchが主力。
エッチング装置:不要な部分を削る装置。精密さと速度が求められる。
洗浄装置・アッシング:製造後の微粒子・不純物除去が良品率に直結。
検査・テスト装置:完成品の品質保証を担う。アドバンテスト、KLAが主要企業。
半導体材料・部品市場
2024年実績:約675億ドル(約10兆円)
- 主な分野:
シリコンウエハ:信越化学、SUMCOが高品質ウエハを供給。
フォトレジスト・感光材:JSR、東京応化がEUV対応材料を開発。
高純度ガス・化学薬品:昭和電工、ダイキンが多品種をグローバル展開。
CMPスラリー・パッド:日立化成(現昭和電工マテリアルズ)などが高精度研磨材を供給。
分野別の主要プレイヤーと強み・弱み

ファブレス(半導体設計専業)企業
企業名 | 強み | 弱み・リスク |
NVIDIA | ・GPUとAI半導体市場で圧倒的シェア ・ソフトウェアエコシステムも強力 (CUDA等) | ・TSMC依存の製造リスク ・中国との地政学リスク |
Qualcomm | ・通信分野に強く5Gモデムのトップ ・スマホSoCで中価格帯をカバー | ・Appleの自社開発によりシェア減少懸念 ・TSMC依存 |
AMD | ・x86 CPUとGPUの両輪で競争力上昇中 ・データセンター需要の恩恵 | ・製造をTSMCに依存(最先端プロセス) ・Intelとの競争が激化 |
MediaTek | ・価格競争力が高く中国 ・インド市場に強い ・開発スピードが速い | ・高性能帯でのブランド力が弱い ・AppleやQualcommにシェアを奪われやすい |
ファウンドリ(受託製造)企業
企業名 | 強み | 弱み・リスク |
TSMC | ・最先端プロセスで世界首位(3nm〜) ・Apple、NVIDIAなど有力顧客多数 | ・地政学リスク(台湾情勢) ・製造能力の需給バランス難 |
Samsung | ・最先端設備 ・EUV導入が早い ・メモリ事業との相乗効果 | ・歩留まりや品質でTSMCに劣後する評価あり ・外販受注が限定的 |
Intel | ・長年の製造技術資産 ・米政府支援(CHIPS法)による再建投資 | ・技術遅れの挽回中(TSMCに大幅に遅れ) ・利益率が低下中 |
UMC | ・成熟プロセスに特化し安定収益 ・コスト競争力がある | ・先端プロセスへの対応が困難 ・競争優位が限定的 |
IDM(設計・製造一体)企業
企業名 | 強み | 弱み・リスク |
Intel | ・x86 CPUのブランド力 ・自社ファブと設計両面の技術資産 | ・TSMCに製造技術で遅れ ・ファウンドリ事業が軌道に乗るか不透明 |
Samsung | ・DRAM/NANDで世界首位 ・スマホ向けSoCも自社製造 | ・競争が激化(Micron、SK hynix) ・半導体価格変動に収益が大きく依存 |
Micron | ・高性能DRAM、HBMの開発力 ・AI向けメモリでNVIDIAと連携 | ・DRAM/NANDの価格変動が激しい ・中国からの輸出規制リスク |
Texas Instruments | ・アナログICで長期安定収益 ・産業/自動車用で需給安定 | ・成長率は相対的に低め ・先端プロセス競争に直接関わらない |
半導体製造装置メーカー
企業名 | 強み | 弱み・リスク |
ASML | ・EUV露光技術で独占的地位 ・高収益モデル(数十億円/台の装置) | ・単一技術への依存が大きい(EUV) ・納期が長く供給制約が起きやすい |
東京エレクトロン | ・成膜/エッチングで高シェア ・装置ポートフォリオが広い | ・中国向け輸出規制の影響大 ・EUV分野ではASMLに依存 |
Applied Materials | ・装置の総合力があり多分野対応可能 ・世界最大の装置メーカー | ・競争激化(LamやTELなど) ・装置市場自体が景気に敏感 |
アドバンテスト | ・半導体テスト装置で世界首位 ・AI、高性能SoCのテスト需要が追い風 | ・製造装置に比べて市場規模は小さめ ・顧客が一部に集中する可能性 |
素材・部品メーカー
企業名 | 強み | 弱み・リスク |
信越化学工業 | ・シリコンウエハー世界首位 ・高品質で安定供給 | ・需給バランスや原料コスト変動の影響を受けやすい |
SUMCO | ・ウエハ事業に特化 ・最先端EPIウエハに対応 | ・ウエハ単一事業依存で景気変動に弱い |
JSR | ・EUV対応レジストをいち早く開発 ・材料開発力が高い | ・フォトレジスト以外への依存度が低い(事業の集中) |
ダイキン工業 | ・半導体用特殊ガスの世界供給網 ・環境ガス規制対応力 | ・市況変動と為替リスクが業績に影響 |
・中国と日本の主要な半導体製造装置メーカー
( )内数値は、シェア%を示す
半導体製造装置 | 中国メーカー | 日本(米)メーカー |
エッチング装置 | AMEC NAURA | Ram (37.7) TEL(25.3) AMAT(23.5) |
CVD装置 | NAURA Leadmicro Piotech | AMAT(35.8) Ram(17.2) TEL(14) |
イオン注入装置 | Kingstone CETC | アクセリステクノロジーズ(39.6) AMAT(34.7) 住友重機工業(17.7) |
CMP装置 | Hwatsing | AMAT(52.6) 荏原製作所(37) |
コーターデベロッパー (塗布・現像) | KINGSEMI | TEL(84.1) SCREEN(3.4) |
今後5年〜10年の展望

2025年〜2030年
- AI関連チップの需要が急増し、NVIDIA、AMD、Qualcommなどがけん引。
- EUV露光装置の普及が進み、2nm以降の量産体制が整う。
- 日米欧での製造施設拡張(リショアリング)が加速し、インテルやTSMCが米国での生産体制強化。
- 自動車向け半導体(特にアナログ・パワー系)が新たな成長ドライバーに。
- 装置・材料メーカーへの長期契約型の取引が進展し、需給安定化を目指す。
中長期:2030年頃
- 世界の半導体市場は1兆ドル(約150兆円)を超える可能性。
- 量子コンピュータ、ニューロモーフィックチップなど新しいアーキテクチャが登場。
- 炭素排出削減・持続可能性の観点から、製造工程のエネルギー効率・材料再利用の重要性が増す。
- アジア(特にインド、ASEAN)での市場・供給網構築が活発化。
おわりに
半導体業界は今、かつてない規模とスピードで進化しています。
AI、自動車、IoT、量子技術など新しい技術が新たな需要を生み出し、設計・製造・装置・材料すべての分野で競争と革新が進行中です。
どの企業がどの分野で強みを持ち、どのようなリスクを抱えているのかを理解することは、業界に関わる者にとって極めて重要です。
これから業界を目指す方にとっては、興味ある分野を深掘りし、自身のキャリアの方向性を定めるヒントになりますし、すでに業界で働く皆さんにとっても、次のステップを見据えた情報の一つとして活用ください。
rakuten