はじめに
AIの普及によって、データセンターで扱われるデータ量は急速に増加しています。
注目されるのはGPUやHBMのほかに、AIモデルや学習データを保存するNANDフラッシュメモリも、AIインフラを支える重要な存在になっています。
現在のNANDは、3D NANDによる高積層化によって大容量化を実現してきました。
しかし、積層数の増加に伴い、製造工程の複雑化や消費電力の増加、セル特性のばらつきなど、技術的な課題も顕在化しつつあります。
こうしたなか、次世代NANDの有力候補として研究が進むのがFe-NANDとRe-NANDです。
これらは、従来のNANDとは異なる記憶原理を採用し、低消費電力化や高密度化を実現する可能性が期待されています。
本コラムでは、Fe-NANDとRe-NANDの基本原理や実用化への課題を整理するとともに、半導体製造装置産業への影響や2035年に向けたNAND技術の進化について考察します。
第1章 3D NANDはなぜ主流になったのか、その進化と限界
●NANDフラッシュメモリの基本
NANDフラッシュメモリは、電源を切ってもデータを保持できる不揮発性メモリであり、スマートフォンやSSD、データセンター向けストレージまで幅広く利用されています。
現在の主流は3D NANDです。
メモリセルを垂直方向に積層することで記憶密度を高め、限られたチップ面積で大容量化を実現してきました。
さらに製造コストを抑えながら容量を増やすため、1つのセルに記録する情報量も増加しています。
- SLC:1セルに1ビット(高性能・高耐久)
- MLC:1セルに2ビット
- TLC:1セルに3ビット(現在の主流)
- QLC:1セルに4ビット(大容量向け)
1セルに多くの情報を保存できれば、記憶密度を高められます。
その反面、電圧のわずかな違いを正確に判別する必要があり、制御は難しくなります。
●3D NANDの進化と限界
3D NANDは積層数の増加によって記憶容量を拡大してきました。
近年は200層を超える製品も登場し、各メーカーはさらなる高積層化を進めています。
しかし、積層数が増えるほど高アスペクト比構造の形成が難しくなり、エッチングや成膜工程の負荷は大きくなります。
また、消費電力やデータ保持特性、セル間干渉、製造コストの上昇も無視できない課題になっています。
そのため今後は、高積層化を継続しながらも、メモリセルの記憶原理そのものを見直す新しいアプローチが重要になる可能性があります。
Fe-NANDやRe-NANDは、こうした3D NANDの課題を解決する次世代技術として期待されています。

第2章 Fe-NANDとは何か?強誘電体が切り拓く次世代メモリ
●強誘電体を利用した新しい記憶方式
Fe-NANDの「Fe」は鉄ではなく、Ferroelectric(強誘電体)の略です。
強誘電体とは、電圧を加えることで内部の電気的な状態を切り替え、その状態を保持できる特殊な材料です。
現在のNANDフラッシュメモリは、電子をため込むことでデータを保存しています。
一方、Fe-NANDは強誘電体の向きを利用して情報を記録します。
従来のNANDが「電子を出し入れして記録する仕組み」だとすれば、Fe-NANDは「材料の向きを切り替えて記録する仕組み」といえます。
近年は、半導体製造で広く使われる酸化ハフニウム(HfO₂)に強誘電特性を持たせる研究が進み、次世代メモリの有力候補として注目されています。

●なぜFe-NANDが期待されているのか
Fe-NANDが注目される最大の理由は、省電力化の可能性です。
従来のNANDは電子を移動させて記録しますが、Fe-NANDは材料の状態変化を利用するため、より少ないエネルギーで動作できる可能性があります。
AIデータセンターでは、GPUやHBMだけでなく、膨大なデータを保存するストレージの消費電力も大きな課題になっています。
そのため、ストレージの消費電力を下げられる技術への期待が高まっています。
研究段階では、FeFET(強誘電体トランジスタ)を利用したメモリ構造において、大幅な電力削減の可能性も報告されています。
さらに将来的には、高密度化や高速動作につながる可能性もあり、次世代ストレージ技術として注目されています。
●実用化への課題
しかし、Fe-NANDがすぐに実用化されるわけではありません。
新しいメモリ技術では、研究室で良い結果が得られても、工場で大量生産できるとは限りません。
Fe-NANDでは、
- 記憶状態を長期間維持できるか
- 何度も書き換えられるか
- セルごとの性能差を抑えられるか
- 大量生産でも安定した品質を確保できるか
といった課題があります。
特に強誘電体は非常に薄い膜として形成されるため、成膜や熱処理などの製造技術が重要になります。
第3章 Re-NANDとは何か?抵抗変化を利用する新しい記憶技術
●抵抗の変化で情報を記憶する
Fe-NANDに続くもう一つの有力候補が、Re-NANDです。
Re-NANDの「Re」は、Resistive(抵抗変化)に由来します。
従来のNANDフラッシュメモリは電子を蓄積して情報を保存しますが、Re-NANDでは材料の電気抵抗を変化させることでデータを記録します。
イメージとしては、電気を流しやすい状態と流しにくい状態を切り替え、その違いを「0」と「1」として利用する仕組みです。
この技術の基礎となるのがReRAM(抵抗変化メモリ)であり、現在もさまざまな材料や構造の研究開発が進められています。

●なぜRe-NANDが注目されているのか
Re-NANDが期待される理由の一つが、高密度化の可能性です。
現在の3D NANDは積層数を増やすことで容量を拡大しています。
しかし積層数が増えるほど製造の難易度は上昇し、コストや消費電力の課題も大きくなります。
これに対してRe-NANDは、従来とは異なる記憶原理を利用することで、新たな大容量化の可能性を持つ技術として注目されています。
また、材料やセル構造によっては高速動作や低消費電力化につながる可能性も期待されています。
●実用化への課題
一方で、Re-NANDにも解決しなければならない課題があります。
特に重要なのは、抵抗値を安定して制御することです。
記録状態にばらつきが発生すると、正確なデータの読み書きが難しくなります。
主な課題としては、
- 抵抗値のばらつき抑制
- データ保持性能の向上
- 書き換え耐久性の確保
- 大規模量産への対応
などが挙げられます。
研究成果は数多く報告されていますが、現時点では商用3D NANDを置き換える段階には至っていません。
●次世代NAND競争の本命はまだ決まっていない

Fe-NANDとRe-NANDは、どちらも従来のNANDとは異なる記憶原理を採用する次世代メモリ候補です。
しかし、性能が優れている技術であっても普及するとは限りません。
半導体業界では、量産性や製造コスト、信頼性まで含めて競争力が評価されます。
そのため現時点では、どちらが次世代NANDの主流になるのかを判断することはできません。
重要なのは、どちらの技術が採用される場合でも、新しい材料や製造工程が必要になる可能性が高いことです。
次世代NANDの競争はメモリメーカーだけの競争では完結せずに、材料メーカーや半導体製造装置メーカーにも大きな影響を与える可能性があります。
第4章 次世代NANDが半導体製造装置メーカーにもたらす変化
Fe-NANDやRe-NANDが実用化されれば、変化するのはメモリセルだけではありません。
新しい材料や記憶原理を採用することで、半導体を製造する工程そのものにも変化が生じる可能性があります。
次世代NANDの競争はメモリメーカーだけの競争ではなく、製造装置メーカーや材料メーカーも巻き込んだ技術競争になる可能性があります。
●なぜ装置メーカーが重要なのか
半導体の歴史を振り返ると、新しいデバイスが登場するたびに製造技術も進化してきました。
例えば3D NANDが普及した背景には、
- 高精度な成膜技術
- 超高アスペクト比エッチング技術
- 高性能な洗浄技術
- 高度な検査技術
などの進歩がありました。
どれだけ優れたメモリ構造を考案しても、量産できなければ製品にはなりません。
そのため次世代NANDの実用化でも、製造装置メーカーの存在が重要になります。

●Fe-NANDで重要になる装置
Fe-NANDでは強誘電体材料を均一に形成する必要があります。
そのため重要になると考えられるのが成膜装置と熱処理装置です。
特にALD(原子層堆積)は原子レベルで膜厚を制御できるため、強誘電体形成技術との親和性が高いと考えられています。
また、材料特性を引き出すための熱処理工程も重要になります。
関連企業としては、
- 東京エレクトロン
- KOKUSAI ELECTRIC
などが保有する成膜・熱処理技術が注目される可能性があります。
●Re-NANDで重要になる装置
Re-NANDでは抵抗変化材料を高精度で形成し、その特性を安定して制御することが求められます。
そのため、
- 成膜装置
- エッチング装置
- 計測・検査装置
の重要性が高まる可能性があります。
特に次世代メモリでは、従来よりも材料特性のわずかなばらつきが性能に影響する可能性があるため、計測・評価技術の価値がさらに高まることも考えられます。
●注目したい日本の装置メーカー
日本企業は半導体製造装置の分野で高い競争力を持っています。
代表的な企業には以下があります。
| 企業 | 主な関連領域 |
| 東京エレクトロン | 成膜・エッチング・洗浄・熱処理 |
| KOKUSAI ELECTRIC | 成膜・熱処理 |
| SCREEN | ウエハー洗浄 |
| 日立ハイテク | 計測・検査 |
| HORIBA | 分析・計測 |
| 荏原製作所 | 真空ポンプ・排ガス処理 |
現時点でFe-NANDやRe-NANDへの採用が決まっているわけではありません。
しかし、新しいメモリ技術が普及するほど、製造工程の難易度は上昇する傾向があります。
その結果、高度な製造装置を供給できる企業の重要性も高まる可能性があります。
●次世代NANDの勝者はメモリメーカーだけではない
AI向け半導体市場では、GPUやHBMメーカーに注目が集まりがちです。
しかし、実際には新しい半導体が普及するたびに利益を得てきたのは、製造装置メーカーや材料メーカーでもありました。
Fe-NANDやRe-NANDが実用化された場合も同様です。
重要なのは「どのメモリが勝つか」だけではなく、どの製造技術が採用され、どの装置メーカーがその技術を支えるのか。
第5章 2035年、NANDメモリはどこまで進化するのか
●3D NANDはすぐにはなくならない
Fe-NANDやRe-NANDといった次世代技術が注目されていますが、2035年までに既存の3D NANDが急速に置き換わる可能性は高くありません。
現在の3D NANDは長年にわたる改良によって高い信頼性と量産性を確立しており、SSD市場の主力技術として広く採用されています。
半導体業界では、新しい技術が登場しても性能だけで世代交代が起こるわけではありません。
製造コストや歩留まり、生産能力なども重要な競争要素になります。
そのため2035年においても、高積層化を続けた3D NANDが市場の中心であり続ける可能性が高いと考えられます。
●Fe-NANDとRe-NANDは特定用途から広がる可能性
一方で、AIの普及によってストレージに求められる性能は大きく変化しつつあります。
AIデータセンターでは、
- より大容量
- より低消費電力
- より高速なアクセス
が求められています。
こうした要求に対し、Fe-NANDやRe-NANDは従来方式とは異なるアプローチで応えられる可能性があります。
ただし最初からSSD市場全体を置き換えるのではなく、
- AI向けストレージ
- 高性能SSD
- 特定用途のデータセンター
など、付加価値の高い市場から採用が進む可能性が高いでしょう。
●AI時代はストレージ技術も進化を求められる

これまでAIインフラではGPUやHBMに注目が集まってきました。
しかしAIモデルが大規模化するほど、保存すべきデータ量も増加します。
AIの性能を支えるのは演算能力だけではありません。
必要なデータを効率よく保存し、必要な時に素早く取り出せるストレージ技術も同じように重要になります。
2030年代に入ると、
「どれだけ速く計算できるか」
だけではなく、
「どれだけ多くのデータを効率よく扱えるか」
も競争力を左右する時代になる可能性があります。
●注目すべきはメモリメーカーだけではない
今回紹介したFe-NANDやRe-NANDが実用化された場合、大きな成長機会を受けるのはメモリメーカーだけではありません。
新しい材料や構造を実現するためには、
- 成膜装置
- エッチング装置
- 洗浄装置
- 検査装置
- 計測技術
の進化が欠かせません。
そのため、次世代NANDの実用化は半導体製造装置メーカーや材料メーカーにとっても新たな成長機会になる可能性があります。
半導体の歴史を振り返れば、新しいデバイスの誕生とともに、その製造を支える企業も大きく成長してきました。
2035年に向けても、この構図は変わらないでしょう。
●2035年の主役は誰なのか

2035年の時点で、Fe-NANDやRe-NANDのどちらが主流になっているかを予測することは難しいでしょう。
しかし、NAND市場の競争が単なる高積層化競争から、材料技術・記憶原理・製造技術を含めた総合競争へと変化していく可能性が高いことです。
将来の勝者を決めるのは、最も優れたデバイスを開発した企業だけではありません。
新しい材料を実用化する企業、量産技術を確立する企業、そしてそれを支える製造装置メーカーもまた重要な役割を担います。
2035年に向けたNANDの進化は、メモリメーカー同士の競争ではなく、半導体産業全体を巻き込んだ技術革新の物語になっていくのではないでしょうか。
おわりに
AI市場の拡大によって、GPUやHBMに注目が集まる一方、大量のデータを支えるNANDフラッシュメモリの重要性も高まっています。
現在は3D NANDの高積層化が進んでいますが、その先にはFe-NANDやRe-NANDといった新しい記憶技術が候補として研究されています。
もっとも、次世代メモリの主役がどの技術になるのかはまだ分かりません。
重要なのは性能だけでなく、量産性や信頼性、製造コストまで含めて評価される点です。
また、その競争はメモリメーカーだけでなく、材料メーカーや製造装置メーカーにも大きな影響を与えるでしょう。
2035年に向けたNANDの進化は、半導体産業全体を巻き込む技術革新の一つとして、今後も注目していきたいテーマです。


